暗黒の騎士(Katharsis Episode2)
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前書き

ども、緋雨 紅魔です。
今回で自作SS2本目となります。
今回はタイトルにも書いてある通り、翠月伽耶さんが書いた「カタルシス」の続編となってます。
ですので、先にそちらを読んでから読むことをこれ以上なく強く推奨します。
それでもこっちを先に見るという人はどうぞ。責任は負いません。
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「…それがあなたの望みだったんですか?何も望まないことで何も失わず、ただいつか朽ち果てるまで永遠に近い時を『生きて』だけいくことが。…それは違うでしょう。」
ザルツが不意にはなった一言。それはシディアにとって、とても残酷で、それでいて反論のできない事実。
それを合図とするかのように、居酒屋「俺のじんせぇ」の中の空気は一瞬にして凍りつき、いつここが消滅してもおかしくないほどの緊張感に包まれた。
この居酒屋にいる真紅のコートの青年、ザナクラウスはこういう状態は嫌いではない。むしろ好むほうだ。だが、あえて彼と彼の恋人、サラはそっと居酒屋を出た。そのとき、彼は一本のナイフを置いていったのだが、気づくものは誰一人としていなかった。
シディアがどういう対応をするのか、愁がどうやって癒すのか、事情を知っている者たちはどうするのかを客観的に判断するために。
見る人によっては残酷だと思う人もいるかもしれない。だが、これは彼なりの方法のひとつ、そして愁たちに気を使ったためでもある。

「…アンタまであの状況から抜け出すなんて意外だね。」
店を出て、その辺にある裏路地に入ったあと、皮肉めいた口調でサラはそう言う。
「…俺が変に口を出せば余計に話がやばくなる。最悪の場合…このあたりが崩壊してもおかしくは無いだろう。」
冗談のかけらも無い表情でザナクラウスが言う。
「後は…あいつらがどう出るかを見たかったからな。」
そう言って、彼は自分の手に炎を灯す。その炎の中には、店の様子が映っていた。
彼が店に置いていったナイフ。それを通して、まるでビデオカメラをのぞくかのように店内の様子をうかがう二人だった。

「…私は確かにどこかで死を望んでいた。ジークやイリスもいないのに生きていても意味がないと。でもその前に奴だけは殺さないといけないと。…未だに辛いんだ。なんでもなかったはずの孤独が。生きているということまでも…」
二人が店を出てからしばらくして、シディアが涙ぐんだ目で言った言葉。これが、彼女の思いであり、本当のシディアの姿。
その氷のような印象とは裏腹に、密売人によってすべてを失い、孤独の中で生き、感情を押し殺し、復習によってそれから逃げてきた彼女の姿――

「…まったく、ザルツもえらいやり方に出たな。失敗したら殺されるって言うのに…」
「ま、いーんじゃないの?結果オーライだったんだし。」
多少呆れの入ったような口調で話すザナクラウスとそれに答えるサラ。
「おやおや、覗き見とは、趣味が悪いですねぇ…」
その二人に、突如背後から声をかける黒い影。それに気づき、振り返らずにザナクラウスは問う。
「貴様…何者だ?返答次第では殺す…」
しかし、その影は一切の動揺もせずに返す。
「フェイル十騎士団長、フェイル=シークレイド。魔帝に忠誠を誓いました…貴方たちにはここで死んでもらいます!」
それと同時に、影は二人へと襲い掛かる!
「!早…」
二人はかわす間もなく、一瞬にして壁まで吹き飛ばされた――
気絶している二人に向けて、フェイルは小さく呟いた。
「レイク、貴方は特別なのですよ。もっと苦しんでから死んでもらいます……」

「あ…貴方、何をしているんですか!?」
騒動に気がついて様子を見に来た愁が言う。彼の後ろにはザルツとアズール、そしてシディアの姿も見える。
「…見ればわかるでしょう。反逆者の始末ですよ。」
フェイルと名乗る謎の人物は動揺の一つも見せずに返す。
「この状況がわかってないのですか?その気になれば…」
「待て!ザルツ、今までのやつとは…何か違う!」
ザルツが何か言おうとしたが、それを止めるように慌てた様子でアズールが言う。シディアも賛同して言う。
「そうね…、今までの敵とは、明らかに格が違う。神…いや、それ以上の存在かもしれない。」
「…なかなか鋭い意見ですね。あながち間違った想像でないことだけは言っておきましょう。」
フェイルはそう返す。彼の視界にアズールが入ったとき、その目つきが少しだけ変わった。
「(アズール=アズリエル=エドック…『箱庭』の関係者か…、やれやれ、レイクも心強い仲間がいるものですねぇ…こちらにとっては厄介者なのですが。)…この場は退いてあげます。ですが、これで終わりだとは思わないことです!」
そういい終わると、フェイルは黒い霧に包まれ、そのまま消滅した。
「彼は…一体…」
アズールは何か考え込んでいる。その時、
「っ痛ぅ……」
と呟くのが聞こえた。サラが意識を取り戻したらしい。
「大丈夫ですか!?」心配していた愁が駆け寄る。
「アタイは大丈夫。だけど…」
そう言ってサラは横を向く。そこには多量の血を流してぐったりとしているザナクラウスの姿があった。
常人ではない彼は、この出血でもまだ生きているが、このままほおっておけば死は免れないだろう。
「そうだね…ひとまず、僕の家に運ぼう。そこでないとこれだけの傷は治療できそうに無いからね。」
アズールの意見に全員が賛同する。おそらくこの傷はセラフィムリングを使ったとしても治療できる代物ではないということを全員は直感していた。


(どれくらいの時間がたったのだろうか?
あたりには何も見えない。これが、死界と呼ばれる場所なのだろうか…?
リナやサラ、愁達は無事なのだろうか……?)

朦朧とした意識の中、目を閉じたままザナクラウスはそんな事を考えていた。
フェイルから発せられていた『理力』、それは彼が知っている種類のどれにも当てはまらないものであった。
そして、彼から人間としての『理力』が発せられていなかったことも。
当然である。彼は、魔帝・ゾディアークによって『創られた』存在なのだから。
しかし、それは誰も知らないことである。フェイル自身さえ。
その考えに一度区切りをつけ、ゆっくりと彼は眼を開ける。そこには、彼のことを心配そうに見つめる愁、アズール、ザルツの3人がいた。……ザルツだけは相変わらず無表情だが。
「(どこだここは…?ザルツのラボじゃないことは確かだが。)ここは……?」
辺りを見回しつつ、ザナクラウスは問う。
「ここは僕の家兼研究所。やっと気がついたみたいだね。」
アズールは安心した表情で言う。常人ならまず女だと見間違えるだろう。
「そうか…、一体、何が起こっていたんだ?」
ザナクラウスは再び問う。その問いには愁が答える。
「…私たちが駆けつけたとき、あなたは常人ならすでに死んでいるほどの傷を負ってました。ええ、セラフィムリングの蘇生能力を使っても治療できないほどの。アズールさんがこの場所を提供してくれなかったら、おそらくあなたは死んでいました。礼を言うのであればアズールさんに言ってください。それと懸命に治療にあたったシディアとサラさんに。」
愁はベッドの横隅の方を見る。ザナクラウスもそっちを見る。そこには、ベッドにもたれかかるようにして静かに寝息をたてているシディアとサラの姿があった。看病疲れで寝てしまったのだろう。
彼はその光景を見た後、アズールに視線を移し、
「心配かけたな。ありがとう、礼を言う。」
と言った。
「気にしなくていいよ。困ったときにはお互い様さ。」
アズールもそれに答える。
「話を変えますが…あなたが戦っていた人物は何者なのですか?あなたのことを知っているようですが……できる範囲でいいですから話してくれませんか?何か力になれるかもしれませんし。」
ザルツが真剣な目つきでそう言う。ザナクラウスはため息をついて、それから言った。



「…自分のことは自分で片付けるかと思ったが、今回だけはそうもいかないようだ。…いいだろう。すべて話そう。俺の過去、奴の正体、そして、俺たちが何故永遠に生き続けているかを。…サラはともかく、シディアにこの話は…」
「まだしなくていいと思う。刻(とき)が来たら、彼女のほうから聞いてくるよ。…こっちへ。応接室に案内するよ。」
彼の疑問も、アズールの言葉によって断ち切れた。アズールの案内で、応接室に移動する4人。そのとき、シディアが目を覚まそうとしていたのだが、誰もそのことには気づいていなかった。


        To be continued……Katharsis Episode3

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あとがき

今回のSSはいかがでしたでしょうか?
フェイルと名乗る謎の暗黒騎士、ザナクラウスの背負っている重い過去、そして同じ境遇であるシディアの思い。
それらは、次のSSで。

次回 Katharsis Episode3『ハンターの真実』
お楽しみに!
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