クロキモノが謳うのは、アカキモノへの怒りの歌。
 アカキモノが奏でるのは、命弄ぶ真夜中の宴。




     −Voiceless 〜Another-Side〜−




 ―――某年・日本。無人となった事で寂れ、そして無数の傷痕が刻まれた港で、向かい合う影が二つ。
 片方は、銀狼を思わせる白銀の前髪を紅の鉢金で上げ、さらに長い後ろ髪を縛って纏めている青年。もう片方は全身を漆黒のローブで覆い、俯き加減にもう片方の影を窺っている。仕草からすれば、どうやら後者のほうは女性のようである。
「あんたは誰だ」
青年が、静かに話を切り出した。だが女性は何も言わなかった。まるで、『声』というものを持っていないかのように。無言な彼女に、だんまりかよ、と言い捨てると懐から煙草を取り出し、先端を折って火を点ける。紫煙を吸い込み、吐き出してから彼は再び口を開いた。
「・・・・・・何故、俺を呼んだ」
 彼の二言目にも、彼女は何も言わなかった。
<・・・それは―――>
 ・・・だが、その口唇は動いていた。そして、彼に『言葉』を送っていた。一呼吸の間の後、彼女は続ける。
<―――お前を殺すためだ・・・・・・!>
言うや否や、彼女が纏うローブと同じ色の大鎌を振るう。青年はその刃を、背中に背負っていた布包みで止めた。振るわれた余波が布を千切り、包みの中身をあらわにする。同時に、青年が着ていた緋色のコートも僅かに切り裂いた。一呼吸しながら、彼は包みの中身――軽く人間の身長を超えそうな、細く長大な剣――を器用にも片手で取り、構えた。その瞳は、獲物を狙う獣のようであり、また生きる者を慈しむ聖者のような輝きを灯す。
「・・・・理由は何だ」
 狙いを定めつつ、青年はそう問いかける。
<理由など無い・・・・・・私は『ボイスレス』・・・・・・愚者へと振るわれる、制裁の刃・・・・・・・!>
 言いながら、彼女は的確に鎌を振るう。それを大剣で流しながらも、彼は言葉の中に含まれる僅かな震えを見逃さなかった。それを皮切りに、互いの得物が幾度と無く打ち合わせられる。時には首を狙った鎌を返した大剣で止め、またある時には大剣の渾身の一突きを鎌の柄で僅かに逸らしながら、金属同士のぶつかる音が何回も響かせる。それは、生死を賭けた純粋な殺し合いのような戦闘でありながら、芸術のごとき美しさを放っていた。

 ――やがて両者は一度間合いを離し、呼吸を整える。両者が狙い合う中、彼女のほうが口を開く。
<私は所詮道具に過ぎない・・・・・。創造主によって作られ、その言葉にのみ従い、それを存在理由とするだけのただの道具・・・・・・!>
「・・・・・・」
<・・・道具に、心などは必要ない――!>
「嘘だな」
 そう言い捨て、彼は何かを払うように腕を振った。刹那、大鎌の刃が弾け飛び、ローブのフード部分が跡形も無く切り裂かれる。露になった素顔に、彼は僅かに驚愕した。短く整えられた白銀の髪と、紅と蒼のオッドアイ。もし自分に双子の姉か妹がいたならばそんな感じが漂う素顔が、そこにはあった。そして、その顔は『完全な』左右対称の形をしていた。
 激しい動きで立ち消えてしまった煙草を海に投げ捨て、新たな煙草を取り出した青年は強く言った。
「確かに道具に心は必要ない。だけど、お前の言葉には心がこもっている。・・・・お前は戦いを望んでなんかいない!」
 再び、戦いの号砲が鳴り響く―――



「――――チェックメイトだ」
 青年が、黒衣の女性の胸元・・・ちょうど心臓のある辺りに剣の切っ先を当てた。もう片方の開いている腕は、飛来する鎌の刃を挟んで止めている。殺せ、と彼女が訴えかける。だが、彼は心臓を捉えていた剣を、なぜか自らの背中へと戻した。
<・・・・・・何故だ・・・・・>
「本音を聞いていないからな。・・・それを教えてくれたら後はどうにでもするさ」
 描写しているものに限れば、これで3本目になる煙草を銜える彼。激しい戦闘の後にかかわらず、その見た目は最初に切り裂かれたコートの裂け目以外に目立った外傷は見られない。彼女のほうも同じ様子だ。青年のほうは彼女に背を向けた状態で煙草を吸っている。その気になれば再び彼を襲うこともできたはずだが、自然とそんな感じはしなかった。ふ、と口元に笑みを浮かべると、彼女は語り始めた。
<私は・・・・・・戦うこと、戦って他の人を傷つけることが嫌いだ。・・・・それでも、私は創造主[マスター]のために・・・・・・・多くのものを傷つけてきた>
 青年は背を向けたまま、黙って彼女の話を聞いている。一呼吸置いて、彼女は続ける。
<・・・何かを傷つける度に、私は嫌な感触に襲われた。その時は、何度も逃げたいと思った。・・・・・・・だが、誰かを傷つけるときには、そんな考えはどこかに消えていた・・・・・・>
 ――おおかた、その時には殺戮を好む彼女と本来の彼女がいたのかもしれない。彼はそう考えていた。
<・・・・・・お前の目を見たとき、私は思った。・・・・・私を救ってくれると。>
 あまり買い被るな、といった表情が彼の顔に浮かぶ。
<・・・私からも一つ聞きたい。・・・お前は何故私に拘る?>
 彼女の問いかけに、少し考える仕草をする青年。
「・・・そーだな・・・・・、『自己満足』って所だな。お前のような奴を放っておけない、それだけだ」
 回答に、彼女は思わず吹き出しそうになった。つられて、彼も笑う。しばしの間、両者ともに笑いあったが、急に彼女の顔が固くなった。
<・・・・・・頼みがある>
 言って、彼女は躊躇った。もしこの後の言葉を口にすれば、彼ならば止めるに違いない。しかし、私はこれ以上存在することは到底無理だろう。たとえ戻ったところで、いずれマスターに殺される。・・・意を決し、彼女は言葉を継いだ。
<・・・私を、殺してほしい>
「・・・解った」
 彼は臆することなく、背中の大剣を手に取る。そしてもう一度、切っ先を心臓の辺りへ当てた。
<―――最後に二つ、お前に教えたいことがある。私のマスターは『奴』だ。楽園の名を冠する神の国にて、禁忌の象徴とされた赤き翼を持つ、堕ちた天使―――>
「―――そうか」
 彼の剣を持つ手が固くなる。彼女の体から力が抜けた。
<それと・・・・・私の名前はジィナ=ヴァレンタイン・・・・・・命持つものであった、そのときの名前だが・・・・・・>
「ジィナ・・・か、いい名前だな。じゃあジィナ、俺は祈るぜ」
 これから逝く場所が、お前にとって天国となる場所であってほしい、そう彼は続けた。彼女の閉じた眼から出る涙が、白い頬を伝う。
<・・・すまない、最後にお前の名前を教えてくれ・・・・・・>
「―――レルフォイクス=ディアリム=スカイフィールド。数多の生命と業を背負い、生を謳う漆黒の不死鳥」
 大剣が彼女の胸を刺し貫く。彼女は『ありがとう』の言葉を残しながら、骸となり、灰となり、やがて無へと還った。彼は大剣を虚空へと振り、そして背中へと戻した。そして、虚空へ言葉を紡ぐ。
「ギュプロム・・・・・聞いてるだろうから言っとくぜ。たった今から馬鹿らしい真似をさせるヒマなんか一切与えねぇ・・・・・・」
 彼は一度言葉を切り、息を吸った。そして、虚空に浮かぶ忌々しき者へと叫ぶ――――――
























   
「今からお前は、俺の獲物だ」






























 ―――――闇を切り裂く叫びが、虚空へと響いていった――――――






―――――――――

<Writer's Note>
 
最後に投稿したのはいつだろうと、懐かしみながらこれを書いている節のあるdj SAVORです皆様こんにちは&こんばんは(ぉ
これを書いた日(04/03/09)の前日にUPされたSSを読んで、浮かんだネタを即興で書き上げてみるという偉業をやってみました。その分粗は目立ちまくってます。ほんと、よく描いたよ自分・・・・・・・・・
 力尽きたのでここで倒れます。感想でも叩きでもご自由にどうぞw
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