【さぁ戦いを始めよう】
観月伽耶

 黒川市は、種族と力と思惑のるつぼだ。
 ごく普通の人たちの傍らで、異能の人が、人にあらざる者までもが平然と存在する。
 異能の力を持たない人間達の間でさえ、異能の者たちのそれと比べれば児戯のようなものであっても、戦いが繰り広げられる。
 思えば、これまでなりゆきとはいえ皆共闘することが暗黙の了解だったことが奇跡だったかもしれない。仮初めの平静さを保っていた水面に、新たに持ち込まれた石が波紋を広げようとしていた。

「さて、沖俺たちもネタばらしがいるんじゃないのか?」
「ネタばらしじゃないけどな。まあお知らせだな。 」
「何です?」
思わせぶりに切り出した沖達に、ザルツは気軽く聞き返す。
「まさかそちらに加われとか言いませんよね?ゼクスみたいに。」
先日の『Blue:Cross』との、勧誘と呼ぶにはあまりにマイペースで印象の悪いやりとりを思い出し、苦笑を浮かべながらザルツは茶化した。沖はわずかに眉を顰め、真面目に聞け、と話を継ぐ。
「ザルツ。お前に非常に問題のある話だ。
俺たち梁山泊はザルツを…。」

一呼吸置いて、沖は言い放つ。

「最重要危険人物に指定した。」

 和やかな馴れ合いの空気が、一瞬にして緊張した。ザルツの笑みが、気の置ける仲間には向けない、好戦的な策士のそれに変わる。
「…ほう。それはまた、光栄ですね。ずいぶんと突然ですが、理由をお聞かせ願えますか。」
沖とザルツの顔を見比べながら、とまどい気味にアズールが口を開く。
「梁山泊に喧嘩売ったわけじゃないよね?」
「ええ。特に仕事がかち合ったおぼえはありませんよ。」
ザルツの敵は少なくない。彼が半ば気まぐれで身を寄せる、いくつもの組織。有り体に言えば暴力団やなんかだったりするそれは、やたらと仲が悪く余裕さえあれば道で顔つき合わせた犬のように争いをするのが常だった。黒川の隣に位置する三ツ瀬市だけでも、狭い地域にどういうわけか3つもの組織が存在し、睨み合いをしている。そのパワーバランスを動かしているのはザルツだという話が有ったり無かったり。しかし、それらの組織と梁山泊は少々でなく毛色が異なる。B:Cとならともかく、ザルツと利害が対立するとは考えづらかった。
「理由はね。呉学さ。」
「呉学?…彼ともめた覚えもないんですが」
梁山泊の第一軍師、呉学。これまで話したのは片手で足りる回数で、仲が良いとは言い難いが仲が悪くなった憶えもない。初顔合わせでいきなり仲が悪くなる相手もいるが。その具体例を思い出してしまい、わずかに不機嫌な顔をしてザルツは思考からその影を追い払う。
「…で、具体的には?」
沖はペンダントを服の裏に隠して言った。
「呉学はお前みたいな奴が嫌い。それだけだよ。」
ザルツは片眉を上げる。ザルツの思ったのと同じ事を、ロードが彼らしい軽さで言い放った。
「なんだそりゃ。ガキじゃあるまいし…随分といいかげんな団体だな、梁山泊って。」
「一応重臣会議で決まった。」
「…会議通ったのかよ…ますますもっていいかげんだな。」
呆れをあらわに、ロードはため息をついた。あまりにもわかりやすい感情表現。そんな風にしてもどこか許される、ロードの人柄は少しうらやましいものがある。一つ咳払いをして、ザルツは話を続けた。
「まぁ指定されたものはともかくとして、それからどうするつもりなんですか?」
「だから、梁山泊はお前の命をねらいに来るかもね。ってことさ。」
どうにもわかりやすい対応策。ザルツは、浮かべた笑みが脱力気味の苦笑になるのを感じた。
「やれやれ…メリットのない話ばかりが増えますねぇ。」
「お前のせいだけどな。結局。」
「いや仕事で鉢合わせたんならまだともかく理由が『嫌い』だけだと流石にちょっと…もうちょっとまともな理由はなかったんですか、建前だけでも」
モチベーションが上がりませんねぇ。などと、どこまでも脱力していく気分でザルツは考える。軽く頭を振って、ザルツは好戦的な目で真っ向から沖を見返す。
「まぁ理由がくだらなかろうが、あなたが属しているとはいようが、来た者は返り討ちますよ。いいですね?」
宣戦布告は受け取った。何であれ、火の粉が降りかかるなら払うまでだ。
「自信たっぷりに言うね。108人相手にする気かい?」
古典文学の梁山泊は、108の魔星を冠する108人の戦士だ。どうやら現在の梁山泊もそれと同じく108人の戦士によって構成されているようだ。
「108VS1かぁ、楽しそうだな、それ♪」
「おや、VS2にはしてくれないんですか?」
「んー…どうしよっかなー」
お前の言うとおり、『嫌いだから』だけでやってくる奴ら相手にするなんてバカらしすぎるしー、でも108人相手の仁義なき戦いってのもそうそう無い祭りだしー、と大仰な仕草でロードはためらう。しかしその顔にはついつい、興味津々な笑みが浮かんでしまっていて、すでに出ている結論がでかでかと書いてあった。それが読めるから、ザルツも笑う。

 どうにも楽しげな二人を見て、沖の方は少しばかり渋面になってしまう。
「そもそも、お前は何故にあんな仕事をするんだ?」
「あんな、とは?」
「裏の仕事だ。」
「ああ、殺しとかのことですか?それともドラッグ?」
さらりとザルツは聞き返す。
「全部。合わせて。」
そう言われても、特に堪えた様子もない。
「前に同じような理由で私を殺そうとした人がいましたよ、そういえば。」
どこか懐かしげに、そんなことさえ口にする。
「私一人をマークしたところで無意味だと思いますけどね。ビジネスとして成立するには需要の存在が不可欠です。殺しやドラッグを望む者もいるんですよ、この世界には確実にね。
 たとえば殺しに限って言えば、最近多いのが日本人からの依頼で、『復讐』というものです。日本の刑法って甘いでしょう?だから納得できない者がいるんですよ。責任能力、年齢…加害者に優しい法というのはどうかと思いますね。おかげでこっちの仕事が増えるわけですが。」
「人間の精神の変革が出来るなんて思っちゃいないが、刑事裁判は被害者の救済をする物じゃない。それを分かってないのさ。」
「じゃあ何のためだっていうんです。加害者に対する罰としても社会に対する見せしめとしても不完全だと思いますけど。私刑を廃止し、平等に裁くために刑法というのは作られたのだと解釈してましたがね。被害者の側に立ってこそ、でしょう。」
ともかく、と刑法論議を打ち切って沖は言った。
「まずはお前からってとこだ。」
「いいでしょう、受けて立って差し上げますよ。私は心が広いですから。」
論戦だろうが実戦だろうがどうぞ、とザルツは言う。
「だが、俺は、ザルツを殺す気はない。少なくとも、俺の部下達にはそう通達している。」
戦うといった舌の根も乾かぬうちに何を言うのか。皮肉げにザルツは返す。
「別にいいですよ、遠慮しなくても。もう少しまともな理由が聞きたいところではありますけどね。」
「何故、お前を殺すのかは呉学にでも聞いてくれ。けど、お前には生きていて欲しい理由があるのさ。俺にはな。」
梁山泊の見解とは別の、個人の思惑か。梁山泊の考えもわからないが、いったいどんな理由だというのやら。まさか共闘した仲間としての情が移った、なんて甘っちょろい理由ではあるまいが。ザルツは一笑して、想像に過ぎない推察を打ち切った。
「ご安心を。簡単に大人しく殺される気はありませんから。」
「まぁ、頑張ってくれや」
ひらひらと手を振って沖は踵を返した。彼らのトレードマークのような銅鑼の音が響く。
「(さて、どう戦い抜くかな。)」

空間のひずみをくぐり沖が去るのを見届けて、ザルツは改めて呟いた。
「やれやれ…面倒なことになりましたねぇ…というかうざったい。これで仕事がなかったら100年くらい雲隠れするんですけど。」
「おいおい、やる気ねぇなぁ。」
「どうやってやる気を持てというんです、こんなんに。」
厭戦主義者でもないが、かといって争いごとを片っ端から引き受けるほど付き合いはよくない。受け流すなり、ヒロではないが逃げるなりしてしまうというのも手だった。ザルツとしては特に利害も怨恨もなく、争い甲斐のあるイデアの対立もないとなると、気が向かない戦いだ。真っ向から戦うだけが答えではない。敵前逃亡なんて卑怯で惰弱だ、なんていうのは子供の論理。どんな戦いでも大なり小なり生じる疲弊と消耗と、それで得られるものを秤にかけて、割にあわない馬鹿な争いなど避けられるものなら避けるにかぎる。
 しかし、今回は逃げられない理由があった。今、黒川から離れるわけにはいかないのだ。『仕事』なんかは黒川にこだわらなくてもどうとでもしようがある。問題は、それをここで口外はしないが、シディアだ。シディアの治療は、今のところザルツのみが引き受け、他にその役目も、秘密も託せるあてはない。託す気もない。そして、泉がここにいる限り、シディアも黒川を離れないだろう。
「…まぁ、やるしかないですけどね」
ばしん、と音を立ててロードがザルツの肩を叩いた。
「しゃあねぇなあ、優しいこのロード様もお前に手助けしてやるよ♪」
ばっしばっしばっし。叩きすぎです、とザルツはやんわり払いのけた。
「恐悦至極、といったところですか。」
 ともかく、一石は投じられた。その波紋はこれから広がっていくだろう。あまり良い状況ではない。ただでさえ、シディアの治療にギュプロムの捜索にと面倒ごとを抱えているのだ。状況が複雑になり、波紋が重なり合えば、読み切れない事態が発生する。すでに混迷気味だというのに。逃げるという選択肢は潰されても、できるならかわすか抑えるかしてしまいたいところなのだが…
 ふと、その心当たりが思い浮かぶ。いささか不快な方法だが。
「(背に腹は代えられない、か…?)」
 ロードと軽口をたたき合いながらも、ザルツは思いつく限りの手札を並べ、策を組み上げようとしていた。



後書き
 ザルツ、デスノの月みたーい(脳内損得シミュレーションの長さが)。
 ひっさびさのTRPGシリーズ新作です。とはいっても、セッションログから、SSに書き起こしたものですが。セッションログというのは、なり茶ログのようなものなのでセリフ過多、往々にしてキャラ棒立ちの時間が長いと、SSにするとき地味に加工努力が必要です。下手すると文章が一塊になってしまうし。かなり無理矢理段落分けしました。
 梁山泊編は、梁山泊サイドのプレイヤー、鉄斬鍾馗さんと協力して書こうと思ってます。どうにも、私が書いてるとザルツサイド視点ばかりになって、展開も贔屓してしまいそうになるので(親バカ一直線)。

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