『力』の形

 ふいに耳に入った羽ばたきの音に、アズールは窓の外を見た。ひらりと風に一枚の大きな羽根が舞い、それをアズールはそっとつかみ取った。
「漆黒の羽根…ニックス?ってことはザルツ?」
アズールは首を傾げた。
「…ザルツに教えたっけ?ここ。」
ここ、アズールの自宅があるのは冥界、A世界とB世界の中間といった感じの、中途半端な場所にある浮島だ。だから他の冥界生物が来ることもほとんどなく、研究に集中するにはもってこいの立地条件だ。そして人目にまったく付かないため、『箱庭』を気にすることもない。そういう場所なだけに、教えないとほぼ探すのは不可能な場所だ。羽根を意味も無くくるくると指で回しながら考えていたアズールの耳に、羽音と共に聞き慣れたソプラノボイスが響いた。
「こんにちは、アズールさん」
「キティ!?」
予想もしなかった人物の登場に、アズールは今度こそ驚いた。風に柔らかいグレーのストレートヘアをなびかせながら、ニックスの背の上でキティはいつものどこか困ったような笑みを浮かべた。

「すみません、突然押し掛けちゃって」
「ううん、それは別に良いよ。シディアもアポ有りで来たことなんてないし」
いつも突然押し掛けてきて、無理難題をさらっとふっかけていく銀髪の美女。その構図はなかなかに良いんだけど、と本人に聞かれたら殺されそうなことをアズールは思った。キティが表に出ているときでもシディアが起きていることは多いので口には出さないが。
 今彼らがいるのは、センスのいいアンティーク調の家具が並べられた応接室だ。客など滅多に来ない家だが、いつも綺麗にされている。アズールの趣味のような物だ。シディアはよくこの部屋のことを『暇人の道楽の塊』と呼んでいる。実際不老不死やっているとかなり暇でしょうがないのだが。
「今日は泉さんの手伝いはいいの?」
「はい、今日は定休日なんだそうです、だからこの機会に…」
 上質のアールグレイを白磁のカップ―ブルーとホワイトのコントラストが美しい、ロイヤル・クラウン・ダービー(掘り出し物inイギリス、一客日本円で25,000円←道楽その2)に注ぎ入れながらアズールはにっこり笑って話しかけた。
「お砂糖一つだっけ?」
「あ、はい。」
ちょこんと行儀よく椅子に座って、キティはうろうろと目を泳がせた。そして意を決したらしく、きっと上目遣いに、睨み付けているように見える程の勢いでアズールを見た。
「アズールさん!」
「な、何?」
軽く身を乗り出しまでして、真剣な表情で話しかけたキティの勢いに押されてアズールは軽く後ずさった。
「―私に攻撃魔法を教えてくれませんか?」
「…攻撃魔法?」
「私一人だと何から始めるべきかさえよくわからなくって…」
「……」
今までキティがそんなことを言いだしたことはなかった。シディアが『新しい強力な攻撃魔法を』と言い出して、それを諫めていたことはあったが…。キティは基本的に攻撃が、いや戦闘そのものが苦手だ。やけに思い詰めた様子で話すキティを見ながら、はたとアズールは思い出したことがあった。
「…シディアが言っていたことを気にしてるのかい?」

『…この状態じゃあまともに魔力が使えない…』
つい先日、ティティスと戦ったときのことだ。ティティスは賞金稼ぎ、だからギュプロムの情報が何か得られるかもしれないとシディアが表に出てきていた。ただし、アズールがシディアに使った封印の制約は重いので、覚醒することはできず、キティの状態のままで戦闘をしていた。シディアはため息をついて、その時つぶやいた。
『この状態でも使える攻撃魔法を考えておくべきね…』
そして、
『封印が少々過剰だな…』
と。

 キティ…魔力が使えないようにして、核への負担を押さえている、『温存』の状態。封印のため、キティはほとんど魔法を使えない。
 ぐっとキティは手をきつく握りしめた。
「やっぱり、ダメなんです」
今までは、これで良いと思っていた。それが自分の役割だから。しかし…
「おそらくかなり強い敵…大陰と戦うのに、いえ、大陰だけじゃなく、きっとこれから更にきつい戦いになるでしょう。それなのに、まともな攻撃の一つもできないんじゃやっぱり…」
真顔でキティの話を聞いていたアズールだが、ふっと彼は笑みを浮かべた。
「キティはがんばりやさんだね」
「え、あの…」
頬をわずかに赤らめてうろたえるキティに、アズールは席を立って手を差し出した。
「僕もその努力に力を貸すとしようか」
ぱっとキティは表情を明るくした。
「はいっ、お願いします!」

 舞台は変わり、再び儀式室。
「えーと、一言に攻撃魔法って言ったって色々あるんだよねぇ」
威力もピンからキリまであるし、様々な属性がある。
「だいたい地、水、火、風、雷、聖、闇、…あと、無なんてのもあるか。」
状態異常系も攻撃魔法に分類するなら、毒もありだろうか。
「人によって色々と適した属性って言うのが1、2個有るんだよ。僕なら氷と風、あと聖。ザルツは闇、シディアは…聖、なのかな。聖属性を得意とする魔術師が闇属性も使えるっていうのは珍しいんだけど。キティはたぶん聖だろうとは思うけど、ま、色々試してみよう」
「はい」
アズールはいつも持ち歩いている魔術書をぺらぺらとめくった。
「基本的な奴を試してみようか」

 ―約1時間経過―
「んー…、なかなか波長の合うの無いみたいだねぇ…」
アズールは苦笑いした。地、水、火、風、雷、聖、闇…少々特殊な属性なので、扱うのは難しいのだが無属性まで、一通り試してみたのだが、ことごとく失敗。
「…すみません…」
「まぁ初めて試す呪文だしね。もうちょっと練習してみようか」

 ―更に1時間半経過―
「……」
「…うーん、ここまで来るといっそ清々しいくらいだなぁ」
見事にオール失敗。二、三回ずつ試してみたんだが、形にならない物さえ多い。
「やっぱり、ダメですね」
「まあまあ」
軽くキティは首を振った。
「…私には、攻撃魔法は向いてないみたいですね」
「えっと…」
ここまで来ると、確かにそうなのだろう。シディアの言うように少々封印が強すぎるのだろうか。
 キティは俯いた。
「足手まとい、ですね。私…」
「キティ…」
アズールは軽く身をかがめてキティと視線を合わせ、こんと額を軽くこづいた。
「ダメだよ、そんな風に決めつけたら」
「…でも」
「そんな風にあきらめたら、できるものまでできなくなる。本当に『足手まとい』になっちゃうかもしれないよ」
「……」
小さな子供にするようにアズールはキティの頭を撫でた。
「大丈夫。君には君のできることがあるよ」
「私に…できること…?」
その時ふいに、アズールはぽんと手を叩いた。
「―そう、別に戦闘で役に立つ魔法って攻撃魔法だけじゃないじゃないか。」
「え?」
アズールは再び魔術書のページをめくった。

 ―数分経過―
「じゃあ、試してみようか」
「はい」
キティから少し離れたところで、アズールはぱらぱらと魔術書をめくった。
「もう詠唱は覚えた?」
「はい」
「―やや手加減はするけど、当てる気で行くからね」
そういって、アズールは詠唱を始めた。冷気を伴った微かな風が儀式室に流れる。
「ブリザード!」
キティは祈るように手を組み、短く呪文を詠唱した。
「シールド」
キティの周囲に半球状の光の壁が作り出された。それからワンテンポ遅れてキティを中心に強い吹雪が吹き荒れた。吹雪のやんだ後、ゆっくりと息をつきながらキティは手を下ろした。それと同時にふっとかき消えた壁のあった場所にそって、床が凍り付いている。しかし、円の内側には変化はない。
 ぱちぱちとアズールは手を叩いた。
「よっし、成功だね」
照れながらキティは笑った。
「この魔法は発動が早いから、敵の動きをよく見て攻撃する兆しが見えてから使っても充分間に合う。ただ、ためらってたら間に合わないかもしれないね」
キティは真剣な表情でうなずいた。
「物理攻撃はもちろん、魔法攻撃も防げる。でも、無理はしちゃだめだよ」
「―はい」

 庭で待っていたニックスの背に乗って、キティは小さく礼をした。
「ありがとうございました」
「頑張ってね」
にこりと微笑んだキティを乗せて、ニックスは羽ばたいた。

 できることで良いんだ。だから、頑張って。


afterwards
 タイトルの時点で少々内容の予想がついてしまう…ベタな落ちですみません。ちなみに、仮のタイトルは『キティ奮闘記』でした(笑)こっちの方がよかったかも?
 今回、タイトル色だけじゃなく背景色も変えてみました。どうも、真っ白だと殺風景な気がして。他にも色々練習もかねていじってます。左右の余白とか(あんまり横幅が大きいと読みづらい気が…)。いかがでしょうか?
 それでは、ご意見・感想お待ちしております。
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