黒川の風 TRPG外伝・日常風景シリーズ

1.花嵐
 町からちょっと離れた所に、その店はある。小さい割にメニューが豊富で、ちょっとした通好みの居酒屋。そこを切り盛りするマスターがなかなかのかっこいいお兄さんで…といっても、実は30歳らしい。いやちょっと、マジですか?高めに見ても25歳ぐらいにしか見えないんですけど。(ああいうタイプってあるポイント過ぎると急に老け込むわよby未紀←絶交予定)まぁでも、かっこいいので許す。この店、彼目当ての女性客もかなりいるみたい。ちょっと前のジャニーズ系の好青年だから。(キレイな顔だけど最近はやってるタイプじゃないわよねby未紀←絶交決定)
 私、桑島あかりもマスターのファンの一人だ。残念ながらそれ以上でも以下でもない。ほら、マスターのファンってたくさん居るのよ。そんな中で抜け駆けなんかしようものなら…でしょ?女の恨みはヘビよりキツい。もちろんそれは他の女性客にとっても同じ事。
 言うなれば、マスターはみんなのために、みんなはマスターのために。
 …ちょっと違うかしら?まぁいいわ。
 とにかく、マスターはみんなのものってことなのよ。注文をわざと小出しにしてマスターの笑顔を堪能するのがボーダーラインってところ。呼び方は『マスター』で統一。そういう暗黙の了解によってこの店の秩序は守られてきたわけ。
 なのに。
 なんなのよ、あの女は!!
 私は、中ジョッキをテーブルに叩きつけるようにして置いた。
「あかりぃ、ちょっとピッチ早すぎるんじゃないの?」
呆れ半分で未紀(まだ友人)は話しかけた。
「うるさいわねぇ!飲みでもしなきゃやってられないわよ!」
「…そんな飲み方すると胃まで荒れるわよ、あんた。」
「なによ、私の勝手でしょ!?ねぇ、追加オーダーよ!ほら、早く!」
「あ、はい」
伝票を取りにウラに戻るその背を私は思いっきり睨み付けた。『かしこまりました』とか『少々お待ち下さい』とかいうもんでしょ、普通。
 そう、私がこうも荒れているのはあの女のせいだ。この居酒屋、『俺のじんせぇ』はマスター一人でやってたんだけど、突然あの女が入ったのよ。まぁたしかに、一人でやるのはマスターも大変ってのはわかる。けど!なんでよりによってあんな女なわけ!?シディア、だったっけ。あの女の愛想のなさはもう失礼って言うレベルだ。『いらっしゃいませ』はほぼ棒読みだし、オーダー取りに来るときもにこりともしないし。スマイルは接客業の基本でしょうが!?マスターもマスターよ、何であれをほっぽっとくわけ?甘い。甘すぎる。優しいところがマスターの良い所っていっても優しすぎよ!
「追加オーダー、承りに参りました」
ほら今も、無表情。イライラしながら私は早口にまくし立てた。
「生中三つ。あと、サケライム。」
「…はい?」
怪訝な顔をして女は聞き返した。
「生ビールの中三つと…何ですか?」
「サケライム。」
「…あの…」
「サケライムはサケライムよ。」
呆れた顔をして、未紀は私の顔と女の顔を見比べた。あの女はそんなメニューあっただろうかと考え込んでいるらしい。ざまぁみろ。
「わかんないならさっさとマスターに聞いてきなさいよ」
「…はぁ…すみません」
「ねぇシディア、それってライムハイのことじゃない?」
あ。こらそこの男、助け船を出すな!
「あ、そうか。…ライムハイでよろしいですか?」
「あー、はいはいそうよ!そうとも言うわ!」
「それではご注文を…」
「繰り返さなくても良いわよ!さっさと持って来て!」
ヤケになって私は怒鳴りつけた。困り顔で女は踵を返す。さっき助け船を出した男が苦笑いして頑張ってね、と話しかけていた。あの女の友人だろうか。…染めてるにしても、すごい髪の色だ。あそこまでの青、ビジュアル系バンドでもそういない。ため息を付いて頷き、女はウラに入っていった。
「…あかり、あんた姑みたい」
ぼそっと呟いた未紀を私は思いっきり睨み付けた。それだけでは気が済まなかったので、勢いにまかせて遠慮なくグーで殴った。
「何すんのよ、いきなり!」
「こっちのセリフよ!」
「なんか凄いことになってますね…」
「あ、ザルツ」
「店中に響いてますよ、あの人達の会話。」

「もう怒った、あんたとはもう絶交よ!」
「はいはい、今月三回目の絶交ね?」
「三回目なんだ。」
「絶交宣言したはいいが、他に飲み友達がいないとみた。」
「たぶん、そんなところだろうね」

「ご注文の生ビールお持ちしまし…」
「遅い!」
「無茶言ってますね」
「さっきから絡みまくってるんだよ、あの子」
「この店、泉さんのファンが多いですからね…」

「だいたいあんた無愛想にも程があるわよ!」
「あ、言っちゃった。」
「そりゃ、事実ですけど」

「……」
「困ってるねぇ。あ、こっち来た。」
「…見てないで何とかしてくれ」
「無理ですよ。」
「…即答か。」

「…もう、いい加減にしなさいよあかり。」
「なによ!まだまだ飲めるわよ?」
「いやそっちじゃなくて…そっちもだけど。あの店員さんやめるまでいびり倒しでもする気?」
「そうよ!」
未紀は大袈裟にため息を付いた。
「もう!マスターもなんであんなん雇ってるのよ!」
「んー…なんか最近はあの人そこそこ人気があるらしいけど?男性客ゲット狙いじゃないの?」
「はぁ?なんであんな無愛想に人気が出るのよ」
「美人だからじゃない?」
「確かに顔はキレイだけど…」
それは悔しいが認める。というか、認めざるを得ない。ハーフとかだろうか、銀色の髪は今時珍しいストレートのロングで毛先まで綺麗だ。色白で、すっきりと整った顔立ちで―どこか作り物めいた感じさえ受ける、悔しいが美人。
「滅多と笑わないのが逆に良いっていう人もいるしね。」
「それにしてもあれは無愛想すぎでしょ」
笑わないのは『滅多と』ではなく『まったく』だ。表情のパターンなんて、『無』と『困』しか見たことがない。
「まぁたしかに損するタイプとは思うけどね」
「ねぇ、まさかマスターもあんなんがタイプとか?」
「さぁ…私に聞かれても」
そうなんだろうか。ひょっとして恋人?それならあんなにマスターが甘いのも納得が…。
「ライムハイ、お持ちしました」
その直後、私はあの女の腕を掴んでいた。
「ちょっと、あかり…」
いきなり手を捕まれて、女は面食らっているようだった。さっきから話していた二人も黙って様子を窺っている。
「…あんたさぁ、マスターの何なのよ?」
「……」
一瞬、すべての音が消えた気がした。そしてあの女はとまどい気味に口を開いた。
「…どういう、事ですか?」
 …はぁ?って、感じだった。こっちが。
 カウンターで黒髪の男が思わず吹き出し、声を抑えて笑っているのが見えた。青い髪の方も、苦笑いしている。
 女は本当に、困惑しているようで。心底、不思議そうで。
 ……この女。
「…も、いいわ」
「?」
なんだか気が抜けてしまった。恋人とかじゃないことは、とりあえず十二分にわかった。本当に、わかっていないようだから。マスターが甘いのもある意味頷ける。何言っても無駄だ、この女には。それで、たぶん…放っておけないんだろう。優しいマスターのことだから。
「あの…」
「…とりあえず!」
私は再び強い口調で言った。
「接客の基本は笑顔って言うのは基本でしょう!?笑いなさいよ、あんた!」
「あ、えっと…」
「えっとじゃなくて!―ちょっと未紀!そのライムハイは私のよ!」
「また頼めばいいじゃん。どうせあんたワリカンなんでしょ」
平然と、口元に笑みを浮かべて未紀は私のライムハイを飲み干した。
「あー!!」
「あはははは。ライムハイとカシスソーダ追加ね」
「はい」
「こら、注文にかこつけて逃げるな!」

「一件落着…なのかなぁ」
「やれやれ、賑やかですねぇ…」
笑いながら二人は、その様子を眺めていた。


afterward
 シディア中心のSSは殺伐としたものばかりだったので、こんなのも書いてみました。時期的には通信口をくぐって大陰に喧嘩を売りに行く前です。
 『女性客が多い』泉さん一人で経営してる居酒屋。そんなところに突如女性店員が一人だけ入ったら、睨まれるに決まってるじゃないですか。やたら泉さんも甘いし。絶対突っかかられたに違いない、というわけで、常連客VSシディアなエピソードです。いやぁ、あかり書いてて楽しいや!女の子らしい女の子キャラが最近好きです。しかし、地の文をずっとあかりの一人称で書くのは大変でした…。風景描写ができない。人名が出せない。会話ばかりが続く。
 こういう平和なエピソードも書いてみようかなと思ってます。2を書くかどうかは反響とネタ次第。
 それでは、感想その他待ってます。
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